SoftTennis Network『BRIDGE』
優しく温かくソフトテニスを見つめるぴーさんのブログです。

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大晦日。

こんばんは。珍しく連日のぴーです。

昨日のブログで

>作品にドラマがあってそれがよくわかるから、自分を重ね合わせて共感できる部分が多くあり、
 より鮮明に覚えているのかしらと思います。

と、書きました。

 「自分を重ねて共感できる」これが今の社会をあらわすキーになるかなってふと思いました。

 「共感する」って、「他の人の思いを同じように感じる」ってことだと思うのですが、
今の日本人は、その許容量がどんどん小さく、狭くなってきている気がします。
だから、ほんの少しの人だけでまとまってムラをつくり、
それ以外の人たちのことは共感できず、「うざい」とか言って排除する。

 もっと他の人を認める大きな気持ちをみんなが持てば、
殺伐とした世の中も、少しは変わるのではないかしらんと、思います。

 他の人の立場になって考える。他の人の思いを想像する。他の人のことを思いやる。

 自己主張も大切ですが、他の人のことも認める。
人としての器がちっちゃいと、なかなか難しいことですね。

 昔から、なんとな~くは考えていたのですが、
もういい大人になった今でも、まだまだ自分はちっちゃいと思うことが多々あります。

よし、来年の目標。人として大きい人になりたい。
(すでに、体内脂肪の数値はだいぶおっきいんだけれど・・・・)

 このブログを書いている途中で、日付は2005年12月31日になりました。
今年も1年が終わります。
 私と関わってくださったみなさんに心から感謝します。どうもありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
どうぞよい新年をお迎えください。

 2006年も、いい年でありますように。
この年越しも、例年のごとく缶チューハイ片手に過ごします。

そ、その前に掃除だ、掃除・・・(汗)








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懐かしい歌。

なんだ、なんだ?
今朝の電車は、ガラガラではないですか!
踊れそうなくらいの空間、い、いや、
バレエは踊れないけど、いまはやりのヨガ・ピラティスだったら
充分OKなほどの空間があいてましたぞ。

 いつも満員の通勤電車に乗るぴーは、今朝は少しおかんむり。
「なんで今朝も私は電車に乗ってるのかしらん?」

 なぁんて冗談、冗談。仕事は明日までです。新年も4日から。
すっかり働きものですが、いーんだ、きっと神様は見ていてくれる。

 さて、本日も家に帰ると8時過ぎ。
テレビで 「ザ・ヒットメーカー 作詞家・阿久悠40年記念番組」というのを放送してました。
半分過ぎた時点でしたが、見てしまいました。

 懐かしい懐かしい。
 阿久悠さん作詞の曲がめいっぱい流れてました。

「UFO」「勝手にしやがれ」「北の国から」「舟歌」「あの鐘を鳴らすのはあなた」
「契り」「もしもピアノが弾けたなら」「街の灯り」などなど・・・(もっと番組前半の曲も聴きたかった!)

 70年代から80年代でしょうか。
ちょうど小・中学生のころから社会人になるくらいまでのころだと思います。
子供のころはテレビの歌番組をよく見ていたからとても懐かしかったですよ。
ピンクレディーなんて、いまでもほとんど踊れる(笑)


 そして今夜はそれだけでなく、久しぶりに「歌を聴いた」と感じました。

 堅苦しいことをいうつもりはないのですが、以前の歌って、歌で感動できたと思います。
それは心に響いて心を動かす歌詞が多かったから。

 阿久悠さんも、ほかの作詞家さんたちも、当時は言葉を大切にして作品をつくっていたと思います。
作品にドラマがあってそれがよくわかるから、自分を重ね合わせて共感できる部分が多くあり、より鮮明に覚えているのかしらと思います。

 一年の締めとしては、紅白歌合戦とはまた別の意味でいい締めだったかも。
なんとなく清々しい気持ちで新年を迎えられそうです。

 新しい年は、いろいろな部分で初心に返り、謙虚に誠実に 毎日過ごしていきたいと思っています。
過去にあったことは過去のこととして大切にしながらも、
やはり前を向かなければいけないですね。
昔はよかったって振り返ることが多い私ですが、その点、直さねば。

 新しいことに、どうも臆病になっているところがあります。でも、笑顔で乗りきろう。

あー、それにしてもジュリーはステキだわ♪

2005年。

早いもので、今年もあと一週間となりました。
こんばんは。

2005年は私にとってなんとも慌しい一年でした。

 まず、種々の事情により年明けから仕事がめちゃくちゃ忙しくなって、
結局今年は定時に帰れたことがなかった・・・(泣)

 2月には、私にテニスのテの字を教えてくださった中学時代の恩師を亡くしました。
 現在の私の職業は学校の先生ではないのですが、
昔、先生を目指していた時期がありました。その目標だった先生です。
教員になるとしたら、先生のような教員になりたかった・・。
 先生がテニスを教えてくださったから、今の私があるのです。
恩返しが何もできないままになってしまいました。

 そのショックもさめやらぬまま、2月末には親類に不幸。
4月、その親類の49日の法要から戻ってきたら、
家に「立ち退き」の手紙が・・・。

 古い賃貸マンションに暮らしていたのですが、
「耐震強度に問題があるから建て替えます。半年以内に立ち退いてください。賃貸契約は解除します」
ですと!
 今はやりの、偽装があったわけではなく、単純に古い建物だったということなのですが、
そんな急に言われても・・の状態。

 夏の暑い盛りの引越しは、家族の体調などの具合でどうしても避けたかったので、
急いで部屋を探しました。
早業といってもいいと思います。2ヶ月で部屋探し、契約、引越しなどなど、をしました。

 6月に国体予選があったので、土・日は極力テニスの練習にあてたかった
のですが、それもままならず、
当日の自分の体調も、いま思うとベストにはもっていけませんでした。
 おまけに仕事の忙しさは続いており、後輩に「先輩やせましたね~」と
心配されたりしてました。
 予選に出ようと決めたときには、思いもよらなかった展開で、
組んでくれたペアには ほんと、申し訳なく思っています。

 夏以降は仕事が落ち着き、テニスの回数も増えていきました。
秋には偉大な後衛と組んでもらったのに、
そのかたをチョー目立たない戦績に終わらせてしまい、たいへん恐縮しているところであります。

 さらにもうひとつ秋には、初体験のミックス大会にも参戦。
貴重な経験をしました。自分の足りないところがよくわかりました。
なにが足りなかったは企業秘密。また来年の試合に活かすことにします。

 冬になってすっごく寒くなり、大学の納会が終わると、もうあっという間に年末です。
新しい部屋に変わって半年たちます。
やっと慣れてきたという半面、環境が変わって疲れが出る頃でもあります。
どうも、家族の体調がいまひとつです。
無理はさせたくないし、私は仕事もあるし、
テニスの時間がなかなか取れないというのが、この冬の現状です。

 それでも時間は過ぎていきます。今年はもうすぐ終わりです。

 お世話になったみなさま、新たに知り合えたみなさま、
どうもありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
ソフトテニスを大切に、盛り上げていきたいものですね。

 年末の挨拶みたいになってしまいましたが、まだ年内に書きまする。
次回もこうご期待!(なんちゃってね)







一流選手ならば。

ああ、泣いた泣いた。ぐすん。こんばんは。

 餃子を作ったであります。少~しお得意、しそ入り餃子。
玉ねぎみじん切りのところで、泣きました。
小さくて離れている瞳なのに、よくしみました。玉ねぎが。


 さて、前のブログで

>十代のころは、すべてのことを 「・・・・しなければならない」「どうあるべきか」で
>決定していた気がします。
>しかし、年を重ねるにしたがって、「どうあるべきか」よりも
>「・・・・したい」 が物事決定の基準になってきたように思います。

と書きました。


「どうあるべきか」という理想をいつも追求するということは、
とても苦しいことなのだと思います。
別にそんな理想的にならなくても、ふつーに楽しく生きていければいいと、多くの人は思うことでしょう。
私もそのひとりです。前にも書いたとおり、年をとるにつれて「いーじゃないそんなの」って
思うことが増えました。

 しかし、しかしです。
その人の立場が上になればなるほど、「いーじゃないの」と言ってられなくなるのではないでしょうか。

 たとえば部活の中で、学年があがって後輩ができると、
「もう礼儀に気を使わなくていいんだ」「気楽だ」ではないんです。
学年があがるほうが、部全体のことを考えなければいけないので大変なんです。

 団体戦のメンバーに選ばれた。「ああよかった」「うれしい」だけではすまなくて、
選ばれなかった人たちの気持ちも一緒に背負って戦って、勝つことが大命題になります。

 職場でも、同じことです。
責任ある立場につけばつくほど、たったひとつの指示ミスが命とりになったりします。

 家庭でも、夫婦ふたりの時代と、子供ができた時代とでは、
自分の振る舞いや言葉づかいに気をつける度合いが違ってくると思います。
子供が見てますから。

 ソフトテニスの世界でも、試合で勝ち上がっていけばいくほど、
まわりの人たちから注目をあびます。
良いところを学びとろうと、まわりはどんなときでも見ています。

 とくに、小中学生が真似をして恥ずかしくない選手でいてほしい。
強い選手ほど自分を厳しく律して、誰が見ても恥ずかしくない
ソフトテニスの選手として、人としての理想を追い求めてほしいと思うのは、
もう古臭いことなのでしょうか。

 トーナメントを勝ち上がっていく選手は、「自分が負かした相手の分も含めて次またがんばる」
と同時に、
そのような、「みんなの理想に近づく責任があるのだ」と言ったら言い過ぎでしょうか。

 一流といわれている選手に、それにそぐわない振る舞いがあったと聞くたびに、
がっかりさせられます。ただ強けりゃいいってもんじゃない。

なんとなく、そんなことを考えた夜でありました。







テニス日記・・。

ぴーです。

 先日のブログで、若かりしころの日記の一部を抜粋して紹介しました。
思いのほか、多くのかたにコメントをいただきました。ありがとうございました。

 多くの人が同じようにテニスの練習日誌などをつけていると思います。
その中で、反省したり、自分を励ましたり、
ときには人に言えないようなことを書いてみたり・・・。

 書くことによって冷静に分析できたり、進むべき道が見えたり、
明日にむかう気持ちの準備ができたりしますね。

 きっとどの時代の高校生たちにも、(高校生だけでなく、いろいろな世代の人たちにも)
練習日誌をつけている人、たくさんいると思います。

 
 私にとってはまさに宝物です。


 高校生のときの自分は、「今の自分とは少し違う」 という気がしています。
 十代のころは、すべてのことを 「・・・・しなければならない」「どうあるべきか」で
決定していた気がします。

 しかし、年を重ねるにしたがって、「どうあるべきか」よりも
「・・・・したい」 が物事決定の基準になってきたように思います。

 自分を甘やかして、楽なほうへ楽なほうへと進んでいるのかもしれません。
あるいは生き方に柔軟性がでてきたということかもしれません。

 それ相応の年齢を重ねてきたゆえに、テニスで培ったものを軸(芯)にして
よりしなやかに生きていきたいと思う今日この頃です。


 ・・・ですので、あの日記を書いたのはいまの私ではありません。
いまの私はもっと軟弱ですので(笑)、どうぞよろしくお付き合い願います。



12月といえば。

ぴーです。
 私が暮らしている近辺では、いまが紅葉のまっさかりです。

 自宅から最寄の駅までは乗り物には乗らず歩くのですが、
割と交通量が多くて歩道も整備されている道を通ります。
その道がずっとイチョウ並木になっていて、とてもきれいに緑から黄色に変わっています。

 比較的まっすぐな道ですからずっと遠くまで幾重にも重なって見え、
またそれぞれに黄色の具合が違うものですから、微妙なグラデーションになっています。

 土曜の昼下がりに冬の陽をあびながらイチョウをながめて歩きましたが、
とても幸せな気分になりました。


 高校時代、12月といえば、団体戦へ向けて臨戦態勢の時期でした。
新チームでの団体戦(東京都の新進大会の学校対抗)は、男女ともベスト16以上(当時)が
正月3が日あけてすぐ、東京体育館で決勝大会をするのです。

 1年のときは校内で5番目の位置にいたので、ベンチ入りできませんでした。
裏方に徹して当日部旗を持ち、仲間と一緒に始発電車で東京体育館に一番乗りしました。
これで勝てるぞと、心のなかで小さくガッツポーズをしたのを覚えています。

 2年のときはどこをどうまちがったのか、主将という肩書きがついていて、
チームをまとめることと、もしも負けたら・・などと考え、胃の痛む思いをしました。

 12月に入るとすぐに期末試験があります。
試験一週間前からほかの部も含めて活動は一応休止になるのですが、
放課後、筋力トレーニングだけは休まず続けました。

 試験が終わったら、学校で合宿。
冬休みに入ったらすぐ連日練習試合。遠方に行くこともありました。
年内は31日まで練習。
1月2日から練習開始して3日から学校でまた合宿、そのまま本番に臨みました。

 全国選抜への東京予選の位置付けでもあるこの試合に向け、
ひたすら集中し、紅葉を楽しむこともなかった時期でした。
思い返せば、今に劣らず、当時も幸せだったと感じます。


 当時の日記があります。
 平成18年新春の大会(あと1ヶ月後)に出場する現役高校生へのエールのつもりで記してみます。
幼くて青くて恥ずかしい文章ばかりですが、
ソフトテニスをしている多くの高校生たちに参考にしてもらえれば・・・と思います。

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絶対勝ちたい! 負けたくない。
みんなで勝ち取ろう、みんなで。

 はっきり言って怖い。 いま考えても怖い。
でも、先生が 「去年よりいいチームだ」といってくださったのを信じてがんばるしかない。
先生を、みんなを、私自身を信じてがんばろう・・・。(大会2ヶ月前)

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 もしかしてもうだめだ、私・・。チームをまとめるなんてできない、もう・・・。

 練習してると自分のことで精一杯になる。キャプテンであることを忘れてしまう。

 ほんと自信ないよぉ!
あたしなんか、自分のことしっかりやるだけでも
できるかどうかわかんないのに・・。(大会38日前)

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 私がまずピリっとしないと、みんながきちんとしないんだ。
今日はほんのちょっとそれができてた。

私が厳しいのとヒステリックなのとは違うってこと。

 今までヒステリックになるのを怖がっていたけど、厳しくやる。これから。(大会33日前)

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 団体戦の意味をみんなにわかってほしい。
誰ひとりとして欠けてはならない。ひとりでもベストでない子がいたら勝てない。
選手はじめ、応援の子も、みんながベストの状態で、
相手に対して全力を出し切ってむかっていかなければ勝てないきっと。

 絶対そういうふうにもっていってみせる。
今年はそれをひとりひとりができるハズ。
そういう仲間ばかりだもの。今年は・・・(大会前)

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 あと1週間、チームがまとまらない。まとまらないどころか、練習も気合がはいっていない。
去年は1週間前の合宿中に、先生とうまくいかなかったりしていろいろあって、せっぱつまった緊張感があった。
今年はそれがない。
試合のためにえらく苦しんだ覚えもない。
なぜ心がひとつにならないんだろう。
何が原因なんだろう。私がもっと口に出して騒がなければいけないか・・。

今日、練習のあとで、先生からお説教。
「1週間前の練習じゃない」と。
「もし今回負けたら、おまえたちは一生後悔する」と・・・。

 まだ6日ある。あと6日。
元旦は集合しないから、一日気持ちの整理ができて2日に練習。
3日から合宿に入る。それが3日前。合宿に入った時点できっと・・・・。(大会6日前)

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 合宿に入って初めて今日、(私が)まともに集中して練習できました。
少しずつ、じっくりじっくりだけど、みんなの気持ちが高まってきている感じ。
あとは当日の気持ちの盛り上げ方しだい・・かな。

 明日の予定は本番のリハーサル。
朝6時に起床して、軽くアップして、朝食のあと、東京体育館に実際に行く。
明治神宮にお参りして練習。

もう、がんばっちゃうしかないのだ。(大会2日前)

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 予想もつかない。勝てるだろうか。負けるかもしれない。
でも負けられない。
まわりの人たちの応援とか、今まで私たちが歩んできた道を考えたら、
負けられない。
今までの自分に対する意地もある。

 私たちの学年にとって、最後のインドア。最後なんだ。来年は無い。

 最初の1本から、全神経を集中して 全気合を込めて打たないと・・。
最初の1戦から勝負。思い切ってぶつかる。絶対に。(大会前日)

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ガンバレ、全国の高校生。






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